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From Detective Conan Wiki
(1994)
(Gosho Aoyama 30 Years Anniversary Book)
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===Gosho Aoyama 30 Years Anniversary Book===
 
===Gosho Aoyama 30 Years Anniversary Book===
 
'''Date:''' October 16, 2017<br>
 
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Source: https://www.sbsub.com/posts/aoyama-30years/
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日文原文:
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—— 祝・画業30周年ということで、今回は青山剛昌史上最長の30000字インタビューをお願いできればと思っています。余談雑談もありで、いろいろとお話しください。
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青山 え? 雑談もありなの?
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—— はい。雑談という名のインタビューを、ぜひ。
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青山 ふふふ。わかりました。よろしくお願いします。
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—— まずは、30周年を振り返って、一番思い出深い年から教えてください。
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青山 思い出深い年? 最初に『コナン』が映画になった時かな(1997年)。これは、言っちゃっていいのかわかんないけど、その話がくる直前って、『コナン』を描くのが大変すぎて連載をおりようと思っていたんです。やっぱり、毎週毎週事件を考えるのって大変じゃないですか。しかも、編集部の上のほうの人からは、ああせいこうせいと、なんやかんや言われていたんです。そういうのが本当に嫌で、アシスタントたちと久しぶりに休みをとって、みんなでラスベガスへ行ったんですよ。いままでにみんなで稼いだ金を全部使っちゃえ! みたいなノリで(笑)。その旅行から帰ってきたら『コナン』の連載をもうやめようと思っていたんです。そしたら、ラスベガスのホテルに当時の担当編集者のAさんから電話があって「『コナン』の映画化が決まったよ!」と。その言葉を聞いたら、これはもう帰ったらがんばらなければいけない。やめるのをやめなければいけないと思って。
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—— 『名探偵コナン』といえば、連載が始まった1994年当初から週刊少年サンデーで読者アンケート1位の人気作です。それでも、編集部からのダメがあったんですか?
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青山 ありましたよ。主人公のライバルなんだから(服部)平次の性格をもっと悪くしたらどうだとか。まぁ、内心で「うるせぇ」とか思って、ほぼ直しませんでしたけど(笑)。
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—— 当時の具体的な大変さとは?
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青山 もう地獄でした。毎週毎週カラー、カラーで。カラーの作画作業って通常の倍ぐらい作業量が増えるんです。しかも、サンデーの連載以外にもカレンダーなどのグッズ系のカラー作画もあったから……。でも、なにより、事件とトリックを考えるのが大変でした。毎回ね、殺人殺人殺人で、事件とトリックを考えてる俺が死ぬわっていう(笑)。
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—— 漫画家が多忙になると、なにがボディーブローのように効いてくるのでしょう?
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青山 わかりやすく睡眠時間が削られていって、あとは忙しく働いているほかの職種の人と同じじゃないかなぁ。睡眠時間が削られて、体力が落ちていって、最後には気力もなくなっていくっていう。
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—— でも、1位なわけですよね。そんな人気作を連載開始からわずか3年でやめようと思ったのは、ざっくり言うと「大変だったから」。そこで不思議なのが、青山さんは映画化にも深く関わっているわけで、よりいっそう大変になるのに「やめるのをやめようと思った」ことです。
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青山 本当だね(笑)。俺、1作目から脚本にも意見を言ってるし、映画の原画まで描いているしね(笑)。しかも描かせてって、自分のほうから頼んで。でもね、映画化というのは、夢のような出来事でしたから。……今回はいろんな話をしていいんでしたっけ?
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—— お願いします。
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青山 俺が覚えている一番古い記憶って、映画を見て感動したことなんです。『長靴をはいた猫』という作品なんですけど、幼稚園の頃だったかなぁ。映画館じゃなくて、学校かなにかの施設で、児童たち向けに映画が上映されることがあるでしょ? ああいう催しで子供たちがバーっといるなかのひとりとしてその作品を見たんだけど、すげぇと思って。大人すげぇと思って。だって、その頃にテレビでやっていたのは『ひみつのアッコちゃん』とかの完全に子供向けの作品でしたから。でも、『長靴をはいた猫』は寓話性があったりだとか、全然違うものだった。
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—— 大人が見ても楽しめる深さがあったんですね。
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青山 そうそう。そこにすげぇ感動したんです。その時以来、映画が大好きなんですよ。だから、大人になって、漫画家になって、ラスベガスのホテルで「映画化」という言葉を聞いた時なんて、うれしくて、うれしくて、ただもううれしくて。自分の絵が動いて、しかもあのでっかいスクリーンに映し出されるだなんて、すげぇことだなぁって。ただ、人間って、欲が出るなとも思ったけど。
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—— 欲が出るとはどういうことでしょう?
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青山 あのでっかいスクリーンに、怪盗キッドも出せないかなぁって。実際、『名探偵コナン 世紀末の魔術師』でキッドも劇場版に登場させられた時は、めちゃめちゃうれしかったです。だって俺、予告編が見たくて、ひとりで映画館に行きましたもんね。『ガメラ』の続編かなんかだったと思うんだけど、本編よりも全然真剣に『名探偵コナン 世紀末の魔術師』の予告編を見て、「うお、キッドがしゃべってる! かっこいい!」って、ひとりで大興奮して(笑)。
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—— では、話を青山さんの少年時代へ。子供の頃から映画好きだった青山さんの実家は、自動車整備工場で、三男の方が家業を継がれて、長男が科学者、次男の青山さんが漫画家、四男が医者です。いったい、どうな育て方をすると、こんな漫画みたいなスーパー兄弟が育っちゃうんですか?
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青山 いや、それは俺に聞かれてもわかんない(笑)。ただ、4人兄弟のなかでは、俺が一番出来が悪かったです。勉強はまぁできたほうだったと思うけど、実は、国語が苦手でした。「作者の気持ちを答えなさい」と言われてもいろんなことが書けるでしょ? 答えがひとつじゃないのにテストされるあの感じが苦手だったんだと思う。難しい本とかも嫌いで、ホームズや二十面相なんかの探偵ものぐらいしか読んでなかったから。だから、少年時代はコナンくんみたいだった……って言いたいところだけど、光彦くんタイプでした。先頭に立って「お前らついてこい」という感じじゃなかったし、ガキ大将みたいなやつがいたから、そいつの参謀役というか。
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—— 子供時代の印象的なエピソードがあれば教えてください。
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青山 具体的には、どんな子供だったんだろうなぁ。あ、小学校3年生の時の学芸会で『一休さん』を演じたことがあるんですけど、当時は『一休さん』がまだアニメ化されていなくて、絵本とかで子供たちが知ってる存在だったんです。『一休さん』って、要はとんちが利いてるって話ですよね。でも俺は、あのおもしろさが全然わからなかった。
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—— どういうことでしょう?
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青山 たとえば、屏風の虎の話があるでしょ。将軍様が一休さんを呼びつけて、屏風の虎が夜中に悪さをするから、しばりあげてくれと頼む。そこで一休さんは、「虎が屏風から出てきませぬ。私を恐れて出てきませぬ。出してください」とやり返す。そのやりとりのなにがおもしろいのかが全然わからなくて、先生にかみついたんです。あのお話って、将軍的にはとんちで有名な一休さんをこらしめて自分が名をあげたいってことでしょ? それがわからなかったから、「将軍様って大人でしょ? 大人のくせに子供にこんな意地悪なことを言ってなにが楽しいんですか?」とか、とちん自体のおもしろさもわからなかったから「出てくるはずのない虎を出てこさせろってなにがおもしろいんですか? たとえば、仕掛けがあって、屏風に切れ目があって、うしろから虎が本当に出てきたほうがおもしろいと思います」とか。
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—— 少年時代の青山さんのとんちが利いたおもしろいエピソードですけど、先生からすると嫌な子供です。
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青山 だよね(笑)。先生は「みんなが一休さん役に青山くんを選んだ理由がいまわかった」と笑ってましたけどね。ただ、その頃の自分としては、『一休さん』を演じることより、早く絵が描きたかったんです。
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—— やはり、絵が得意な子供でしたか?
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青山 うん。好きでした。赤塚不二夫先生のニャロメが好きで、そればっかり描いてた時期もあって。だから、『一休さん』の時も芝居の練習なんて早く終わってくれと思ってて、屏風に虎の絵が描きたかったんです。当時は『タイガーマスク』というアニメが人気で、作中に「虎の穴」という秘密組織が登場していて。その組織を象徴するモニュメントの虎に羽が生えてて、尻尾が蛇で、めちゃくちゃかっこよかったんです。だから、『一休さん』の学芸会の屏風にも虎の穴の虎を描きたくて描きたくて。実際に、がーって描いたら、先生にめちゃくちゃ怒られましたけど。
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—— のちに職業として選ぶ漫画家でいうと、読者としてのスーパースターはやっぱり?
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青山 島本先生との対談でも言ったけど、それはもう、モンキー・パンチ先生、ちばてつや先生、あだち充先生の3人です。ただ、父親は厳しいタイプで「漫画なんか読んでたらロクなもんにならん!」と怒る星一徹みたいな人でした。野球ではアンチ巨人でね。というか、高校野球が好きだった。家族は親父以外の全員が巨人ファンなんですけど、父親は「野球で金をもらうやつらなんて信用ならん!」なんてよく言ってました。そんな人だから、漫画やアニメは厳禁でしたけど、まぁ、そこは子供ですから。『おれは鉄兵』とかが大好きで、父親の目を盗んで、よく読んでいました。『ルパン三世』もそう。ルパンがかっこよくて好きだったんですけど、不二子ちゃんがエッチなところも好きで、親に内緒でコミックスを買って本棚に隠していたんです。ところがある時、それがごっそりなくなって「え? なんで?」と思ったら、親父の枕元にこっそりと隠してあったりもしましたけど(笑)。
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—— お父さんも不二子ちゃんの魅力には勝てなかったと(笑)。厳格な父親だと母親はやさしいというのが、昭和の家庭のパターンですが?
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青山 うちもそんな感じでした。母親はやさしかった。あとね、とにかくカレーライスがおいしかった。俺のカレー好きは、確実におふくろの味から始まってると思う。俺の好きなテレビ番組のケンミンショー(『秘密のケンミンSHOW』)によると、鳥取県って日本で一番カレーライスの消費量が多いらしいんだけど、うちの母親は、牛肉だったり、ひき肉を使ったり、マトンカレーを作ってくれたりもして、バリエーションが豊富だったんです。
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—— 昭和な家庭で、マトンカレーはすごいです。
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青山 だよね。ただ、母親の作るおでんはびっくりするぐらいまずかったんです(笑)。俺、大学進学で東京に行くまで、おでん=まずいものと思ってたもん。だから、そんなに期待せずにコンビニでおでんを買って食べた時に「大根、うまっ!」と思って相当驚きましたから。あのまずさは、なんだったんだろう? たぶん、出汁の作り方からして間違っていたんだと思う。
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—— おふくろの味の天国と地獄ですね。ところで、剣道を始めたのは『おれは鉄兵』の影響ですか?
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青山 いや、鉄兵より前です。俺、しもやけがひどかったから。冬に寒くなると足がパンパンに腫れちゃって。それで、小学校低学年の頃だったかなぁ。まわりの人から「逆に足を鍛えたらいいんじゃないか?」と剣道をすすめられたんですけど、冬の道場で冷たい板の上で稽古しているうちに、すっかり治りました。いまはもう、しもやけなんて絶対にならない。
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—— 脱しもやけはうれしいエピソードですが、ファンにとっては、青山さんの剣道体験が『YAIBA』にもつながってるのではと想像しそうです。
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青山 間違いなくつながりますね。剣道を始めたことがきっかけで侍とかを好きになったし、『おれは鉄兵』も読むようになったし。もし、少年時代に剣道をしてなかったら『YAIBA』は描けなかったですもん。漫画家にもいろいろな人がいると思うけど、俺の場合は「描きたい」「描けそう」がないと始められない。ただ、『YAIBA』でいうと、知っているが故に可能性が狭まった時期もありました。剣道を知らないアシスタントと必殺技について考えている時なんて、「竹刀の先についてるキャップみたいなのを外すと竹刀がばらばらになるでしょ? その状態で突けばいいじゃん」「いや、それ、反則だから」みたいな(笑)。そういうのもあって、ふつうの剣道じゃ、これ以上は作品がハジけないと感じて、鬼丸が鬼になって魔剣が登場するような『YAIBA』の流れになったんですけど。
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—— ということは、剣道少年で?
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青山 いや、野球剣道少年でした。ただ、運動神経はそんなによくはなかった。だから、小学校の作文にもそういうことを書いたんですけど……そういえば、打ち合わせの時に話にでた俺の生まれ故郷の鳥取へは行ってきました?
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—— 行ってきました。ファンの間では有名な、「青山剛昌ふるさと館」に展示されていた作文(P249掲載)が、それはもう感動的で。「前の時は、マンガ家になりたかったけど今は、私立探偵になりたいと思っています。けど運動神経が、にぶいのでなれないと思います。だから前の夢といっしょにして私立探偵専門のマンガ家になりたと思っています。もしなったら、おもしろくてスリルがあってなるべく値段もやすくしたいと思っています」と。
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青山 ふふふ。いやぁ、いいなぁ、こういうインタビュー。ちょっと照れくさいけど(笑)。あそこは行きました? 鳥取のお台場公園の隣りにある「由良台場跡」と、その下の日本海が見える海岸。
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—— もちろん行きました(P6、P250、P251に掲載)。打ち合わせでの青山さんの言葉が印象的だったので。
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青山 そのふたつの場所はものすごく思い出深いです。由良台場跡は、子供たちが野球をやるのに最高の場所だったし、海岸は剣道部のランニングコースだったんです。ある日……いつもの日本海は曇りがちで、どす黒くて、どちらかというと汚い印象なんだけど……、その日は、真っ青な海でめちゃくちゃきれいだったんですよ。剣道部のランニングだから胴とか着けてるのに「うわぁ、きれいだなぁ」と感動してしまって、これを絵に描きたいと思って、その場に座り込んで。剣道部の友達が「青山くん、行くよ?」と言ってくれるんだけど「ごめん。もうちょっと見てる」と、ずーっと、その青い海を見ていて。夕焼けじゃなくて、陽が残ってて、青い海で、波もきれいでかっこよくて。すごいきれいだった。もうめちゃめちゃきれいでした。で、結局、その日は部活をさぼってしまって、翌日に「すみません。剣道部をやめて美術部に入ります」と顧問に頭を下げたっていう(笑)。たぶん、中学生の時だったと思う。高校時代も剣道部をやめて美術部に入っているから記憶が定かじゃないけど。その海に感動したのは、たぶん中学生の時。
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—— ということは、少年時代から絵に興味があって漫画家志望だったんですか?
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青山 憧れはあったのかなぁ。でも、もうちょっと大人になって就職とか現実的な夢を探す頃って、アニメーターになりたかったんですよ。漫画家になるのは大変そうだから、アニメーターがいいなぁって。高校生の頃からアニメにもハマって『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『ルパン三世』『銀河鉄道999』『無敵超人ザンボット3』とか大好きでしたから。それで、日大芸術学部に進んで漫研に入るんですけど、俺が監督でアニメを作ったりもしていました。
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—— その漫研の名前が、すごいっていう。
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青山 漫画研究部「熱血漫画根性会」ね。略して「ネマコン」っていうね(笑)。俺も熱血かぁとは思いましたけど、ほかに漫研がなかったから、すっと入ったんです。それで、なんで漫画家を目指したかったっていう話でいうと、ネマコンのOBには、矢野(博之)さんという方が東京ムービーというアニメ制作プロダクションに務めていたんです。ちなみに、矢野さんは『(それいけ!)アンパンマン』のアニメ監督をされている方なんですけど、そんな矢野さんに「東京ムービーに入れてくださいよ」と頼んだら、「アニメーターはしんどいからやめとけ。漫画家のほうがいいぞ」と言われまして。同じ時期に、日芸の先輩で漫画家の阿部(ゆたか)さんにも「漫画家のほうがいいぞ」と同じことを言われて。それで、ふたりの先輩がそんなに言うならって、漫画家を目指したんです。
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—— そもそも、高校3年で進路を決める時、なぜ日本大学芸術学部だったのでしょう?
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青山 最初は某国立大学の美術コースを推薦で受けたんです。その大学のそのコースを卒業すると美術の教師になれるようなところでした。実際、親には美術の先生になりたいなんて言ってたけど、自分の本当の夢は、東京に出てアニメーターになるということ。それでまぁ、某国立大学では実技のテストがあったんですけど、正直な話、「みんなへたくそだな」と思っちゃったんです。これは絶対に受かったと思って、面接で「どんな先生になりたいですか?」と聞かれた時に「あ、僕は先生になる気はありません。アニメーターになりたいんです」と、本当のことを言っちゃって。地元に帰って高校の担任にそう言ったら、すげぇ怒られて。あ、まずかったんだと思って。
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—— 青山さん、それはまずいです。落としてくれって言っているようなもんです。で?
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青山 もちろん、落とされました(笑)。だから、日芸を受けた時はちゃんとしようと。面接もがんばろうと。といっても、実技テストの時から、某国立大学とは違って、「みんな、うめぇな!」という人ばかりでしたけどね。結局、その実技テストで5人だけ選ばれて「君らは合格すると思うよ」と言われて面接に進んだんだけど、某国立大学の時の失敗があるから〈これはなにかの罠なのか?〉と、ずっと不安でした。
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—— それで日大芸術学部美術学科絵画コースに進むと。
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青山 大学生活は楽しかったですよ。というか、東京の生活が楽しかった。田舎から上京した人はみんなそうだと思うけど、山手線って寝坊してもそのまま乗ってれば、1周して目的の駅に着いちゃうよ! とか、?野家の牛丼ってマジでうまいな! とか。いまはなくなっちゃったけど、当時は新宿のコマ劇場周辺に映画館がいくつかとゲームセンターが密集していたんです。地元で映画を見たいなぁと思うと、電車にだいぶ揺られないとだめだったのに、東京すげぇな、しかも映画のはしごとかもできちゃうぞ! って。ゲームセンターも、俺の地元にはなかったからね。だから、オールナイトのチケットをたくさん買って、映画を見て、休憩時間にゲーム、また映画を見るぞみたいな感じで超楽しかった。あと、これは漫画家になってからだけど、しゃぶしゃぶをはじめてごちそうになった時も、東京すげぇなと思いました。なんなんだ、このとろけるようなお肉はと。牛肉の枠を超えてるだろって。
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—— でも、しゃぶしゃぶを経ても、青山さんが一番好きなごはんは?
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青山 カレー。ほかのごはんは1位の座を奪えない。カレーに関しては、いまでも週に2、3回食べても、全然いける。おいしい。大好き。
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—— (笑)。さて、鳥取から上京したばかりの頃の話でした。下宿先はどの街を選んだんですか?
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青山 それなんです!日芸は西武池袋線の江古田という駅から近いんですけど、上京する時に親が間違えて「中野区江古田」にアパートを探しちゃって(笑)。大学のある江古田駅は練馬区だから、全然遠いんです。もったいないから1年間は住んだんですけど、2時間はおおげさだけど、けっこうな距離を、はぁはぁ言いながら自転車で通って。貧乏学生だったから、電車賃がもったいなくて。
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—— やっぱり、貧乏でしたか?
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青山 もちろんですよ! 貧乏でした。風呂なし共同トイレの四畳半。銭湯代を節約したくて、台所の流しで髪を洗ったりだとかもふつうだったし。1年後には大学の近くに引っ越したんですけど、そこでも同じような間取りの物件でした。そうそう。俺は、高橋留美子先生も大好きなんですけど『めぞん一刻』みたいな感じだった。俺は五代くんだとすると、先輩がうちに入り浸ってて、麻雀ばっかりやっていました。下宿生活はおもしろかったけど、悲しいかな、美人管理人の音無さんがいなかった(笑)。
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—— 下宿生活以外の漫画家になるための「就職活動」は、どのような感じで?
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青山 いまのアシスタントでもあるんですけど、漫研の同級生や後輩に手伝わせて、投稿作を描き始めてましたよ。
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—— 青山伝説のひとつですが、やっぱり、投稿作からアシスタントがいるってすごい話です。
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青山 そう? なんだったら、プロの漫画家の阿部さんにも手伝ってもらってましたよ。
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—— それ、どうやったらプロに手伝ってもらえるんですか?
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青山 漫研の同級生や後輩には「飯おごるからさ」が口説き文句でしたけど、阿部さんには、なんて言ったんだっけな。そうそう。登場人物の名前で交渉したんだ。主人公が高井豊でヒロインが阿部麻巳子ってなったんですけど、逆にすると阿部ゆたかと高井麻巳子。高井麻巳子って、その当時、めちゃめちゃ人気のあったアイドルなんですけど、阿部さんが大ファンで、「ぜひそうしてほしい」と。すかさず「じゃ、手伝ってくれる?」って(笑)。
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—— なるほど。青山さんはさらっと言いますけど、一般的にプロの漫画家になる人でも、最初はひとりで描いて、持ち込むなり投稿するなりして、ようやくプロと認められた連載後にアシスタントを持つのが王道だと思います。
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青山 だって、漫画を作るのって大変じゃないですか。こんなのひとりじゃ描けないよと思って手伝ってもらった(笑)。
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—— その頃のメンバーがいまも「チーム青山」なわけですよね?
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青山 同じです。誰ひとり欠けることなく。
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—— 青山剛昌という才能ありきのことだと思いますが、現アシスタントの元同級生や後輩の方もいまの青山さんからの逆算ではなく、名もなき漫画家志望の大学生についていこうと思ったのがすごいです。
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青山 なんなんだろうなぁ。不思議ですよね、この関係性って。たぶん、ビジネスの世界だと仲間同士というのは難しいのかもしれないけど、俺たちの関係性は幼馴染でコンビを組む芸人さんに近いのかもしれない。いまやもう家族みたいなものだから。とはいえ、俺も途中で思いましたよ。当時はまだちゃんとしたお金を払っているわけでもないのに、なんでみんな、こんなに一生懸命手伝ってくれるんだろうって。
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—— あ、青山さんも不思議だったんですね?
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青山 不思議不思議。そういえば、アシスタントのNくんに「ガソリンスタンドのバイトに誘われてるんだけど、どうしよう?」と相談されたことがありました。
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—— その時、青山さんはなんと答えたんですか?
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青山 「大丈夫。俺が一生食わしてやるから」って。
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—— おぉ~、完全に〝兄貴〟じゃないですか!
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青山 いや、全然そんなんじゃなくて、単なる口からでまかせでした。ただ、プレッシャーのようなものはあって、絶対にプロになって連載を持つ。彼らにちゃんとお金を払えるようになりたいとは、最初の頃から強く思っていました。
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—— では、プロデビューが決まった瞬間の気持ちは?
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青山 それはもう「やったー!」しかなかったです。漫研のほかの先輩たちからは「写植が浮いているぞ!」と、からかわれましたけどね(笑)。写植って雑誌に印刷された時に使われるセリフなどの文字組みのことなんですけど、漫研の仲間のセリフは手書きですから、まだまだ拙い絵に対してセリフの書体だけがプロっぽいぞという意味でツッコまれて(笑)。でも、俺としては、アシスタントのこと以外にも、親へのプレッシャーもあったから、それはもううれしかった。
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—— 親へのプレッシャーとは?
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青山 日芸に通っている時に教員免許をとって、地元の母校で教育実習もしていたんです。あとは、教員採用試験にさえ受かれば先生になれるという感じだったから、そりゃあ親からしたら息子は美術教師になるもんだと思うじゃないですか。それがある日「俺、漫画家になるから」と言われた日には、そりゃあね、大反対ですよ。父親からは、「1年間だけ我慢してやる」と言われていたんです。漫画家デビューが決まったのが、大学を卒業してからはじめての秋だったから、なんとか間に合ったなぁって。……あれ? 違うか?
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—— え? なにが違うんですか?
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青山 自分で言ったのかな? 1年間で漫画家になるからって。いや、漫研の後輩たちが大学を卒業をする前になんとかしたかったんだっけかな? まぁとにかく、親父は大反対でした。これはいまでもよく覚えているんですけど、こう言われたんです。「ワシはいまにも動き出しそうな蟹を描ける友人を知っている。そいつは画家になった。でもそいつは貧乏で死んだ」と。
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—— その言葉は、大学生前後の青山さんにも、さすがにこたえますね?
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青山 いや、言い返した。
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—— 言い返した? お父さんの言葉って、息子を思うが故の愛ある言葉ですよね?
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青山 いや、「同じ絵の仕事でも、アニメーターなら食っていけるんじゃない?」とかなんとか。ほら、小学校の先生に『一休さん』のおもしろくないところにかみつくようなタイプだから(笑)。
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—— なるほど。今回のインタビューを担当して感じたのですが、青山さんって、変に美談にされるようにことが苦手なのでしょうか。たとえば、アシスタントとの関係性や父親とのそれを、もし、「絆」とこちらがくくったとしたら、抵抗感があるというか。
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青山 あぁ……それはあるかもしれない。それはあるかもなぁ。ちょっと違う話なんですけど、たとえば、スタジオジブリの作品で『海がきこえる』と『耳をすませば』というタイトルだけ聞くと似たテイストのものがありますよね。俺は『海がきこえる』は大好きなんです。でも、『耳をすませば』はセリフがくさくてちょっと苦手なんです(笑)。
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—— セリフが「くさい」のが受け付けなかった?
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青山 いや、くさいのはいいんです。すぎるのが嫌なんです。俺だって、ここは決めなきゃという場面ではくさい言葉を登場人物に口にしてもらったりはしますから。たとえば、『まじっく快斗』でも、「まったく冷たいんだから……。アイスクリームみたい……」「でも、アイスクリームは……甘いんだぜ!!」というセリフがある。くさいといえばくさい。でも、俺のなかではセーフなんです。……って、すみません。説明が難しいし、あまりにも感覚的なんだけど、そのギリギリを模索するのがおもしろいと思う。セリフって、語尾だけでもまったく違うものになるから。そこはかなり気を遣っています。言葉選び、大切だから。うん。めちゃめちゃ大切ですから。だから、自分が迷った時は何パターンか考えて、アシスタントや担当編集者に「どっちがいいと思う?」と聞くこともあります。
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—— では、青山さんが本音を語ってくれたところで、こちらも率直な質問を。
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青山 なになに?
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—— 青山剛昌に挫折はありますか?
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青山 挫折? 挫折かぁ。挫折?
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—— 少年時代のエピソードを交えつつ、プロデビューの頃までお話が聞けました。ここまでの青山さんは、一直線に漫画の世界に飛び込んでいる。冒頭の発言にしても、「『コナン』の連載をやめよう」と決めたのは青山さんなわけで、選択権が自分にある。他者なのか天運なのか、自分ではコントロールできないような「挫折」って、青山剛昌にはなかったのかなぁと。
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青山 なるほど。たしかに、漫画家としてデビューする前にアシスタントとしての下積み生活があったわけでもないしなぁ。挫折。挫折。挫折。……あ、あった!
  
Some Translations from The Red Thread
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—— ぜひ、教えてください!
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青山 『一休さん』。
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—— え? 『一休さん』のいったいなにが挫折だったのでしょう?
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青山 『一休さん』の芝居の練習をクラスのみんなに見てもらった時があったんです。すると先生が「青山くんのいまの演技はどうでしたか?」と聞いたんですけど、クラスで一番おとなしい子に「声が小さい」と言われて「よし、わかった」と。そう言ってくれたお前の声もめちゃくちゃ小さかったけどなと思いつつ、「よし、わかった」と。「本番をみてろよ」と思って、当日は、自分の声で自分の耳がキーンってなるぐらいのでっかい声で演じたら大好評だったんですよ。よしと。で、次の年が『舌切り雀』だったんですけど、主役のおじいさんに選ばれたんですね。さぁ今年もって気合いが入っていたんですけど、本番前日に遊んでいたらアキレス腱の近くを切っちゃって、おじいさん役はやれなくなってしまったんですよ。
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—— それが挫折? 小学校の頃のちょっと悔しいエピソードではなく?
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青山 いや、あれは、ものすごい挫折感でした。だって俺、もし2年連続で学芸会の自分の演技が大好評だったら、役者を目指していたかもしれないと真剣に思いますから。余談ですけど、「母ちゃん、すげぇな」ともその時に思いましたけどね。俺の『一休さん』をみんなが絶賛してくれたのに、母親だけは、「あんたのあれ、やけくそなだけだったね」って本当のことを見抜いてて(笑)。
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—— なるほど。では、漫画家に絞っての挫折ならばどうですか?
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青山 ないかもしれない。ないなぁ。なんか、申し訳ないけど。
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—— いや、逆にすごいです。それを言い切れるのは。
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青山 もしあるとしたら、さっき話した投稿作を描いている時期に最初はサンデーじゃなくて、「(週刊少年)マガジン」に持って行ったんですよ。佳作をもらって次回作を持って行った時に、担当編集者が「ウチの編集長が君の絵柄を好きじゃなくて絵柄を変えなきゃマガジンでは無理だよ」と言ってくれたんです。悔しかったけど、そういのって、さっきの俺のジブリの話じゃないけど、好みの問題だからしょうがないですよね。俺、マガジンでそう言ってもらったあとに、その足で、サンデー編集部に行きましたからね。講談社から出て、近くの本屋に行って、サンデー編集部の連絡先を見て、電話して。で、サンデーで担当してくれたOさんが気に入ってくれて、「じゃあ、次の漫画賞に出してみようか」と言ってくれたのが、デビュー作の『ちょっとまってて』ですから。うん。だからないな、挫折って。以後、漫画家・青山剛昌には挫折なしでお願いします(笑)。
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—— かしこまりました(笑)。
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青山 ほんと申し訳ない。
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—— では、挫折ではなく、悔しさならばどうでしょうか。『名探偵コナン』は、マガジンで人気だった『金田一少年の事件簿』への対抗馬として始まっています。それは、編集部の狙いであって、当時『YAIBA』で人気を博していた青山さんなら、断るという選択肢もあったように感じます。
 +
 
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青山 まぁそうだよね。そうなのかな?
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—— そうですよ。そうじゃないですか?
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青山 でも、人気を博すと言っても、『YAIBA』がアンケートの1位になったのって、最終回とその前の回でようやくですから。それはそうで、当時は(高橋)留美子先生の『らんま1/2』と藤田(和日郎)くんの『うしおととら』が、ぶっちぎりで強かったんです。そうそう。そういえばだけど、サンデー編集部の基本姿勢として、読者アンケートを漫画家に見せちゃダメなんですよ。でも、気になるじゃない? それで担当者にすげぇ無理を言って「お願い。俺が過労死したら棺桶に入れたいから、お願いだから見せて」と頼んで見せてもらって。『YAIBA』はアニメ化も始まっていたというのと、最終回の1回前で「次号、最終回!」みたいなあおりを入れてくれたからか、ようやく1位で。だから、当時は人気を博すなんて感じじゃなくて、無我夢中で毎週毎週描いてましたよ、漫画を。
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—— 『うしおととら』の藤田さんは同世代なので別として、高橋留美子さんや、『タッチ』やその後の『H2』で、アンケート上位を独占するあだち充さんという2巨頭を「俺が倒してやるぜ!」といった思いはありませんでしたか?
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青山 ゼロ。まったくなし。
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—— 1ミリもない感じ?
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青山 ゼロ。無理。絶対無理。
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—— クールですね、漫研は熱血なのに。
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青山 いやだって、無理でしょ、そんなの。まず、そのおふたりは大尊敬している先輩漫画家ですから。倒すだなんておこがましいにもほどがある。あと、雛人形でいうと、あだち先生はお内裏様で留美子先生はお雛様! 俺は五人囃子ぐらいの立ち位置が本当は好きなんです。だから、サンデーを背負うだなんて意識もまったくなかったし。
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—— では、当時のライバルならば?
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青山 あの頃も散々聞かれたような気がするけど、「自分です」と答えるしかなかったなぁ。藤田さんは世代も近いし、『うしおととら』はものすごい人気だったからあれなんだけど、なんていうのかな。俺ごときとは言わないまでも、俺にライバル視なんてされたら嫌かもなぁと思っていました。もちろん、彼の漫画はすごいから尊敬しているけど、勝負しているところが違う。もし、俺とものすごく作風が近い若手とかが現れたら、「勝たなきゃ!」と思うかもしれないけど。
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—— 青山さんの本意ではないにせよ、現実としてアンケートの1位を取るようになると、チーム青山の生活にも変化があったのでは?
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青山 変わった変わった。
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—— どんなところが変化しました?
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青山 夜食のカップラーメンが出前に出世しました。
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—— あ、それはものすごい出世ですね。
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青山 うん。こういっちゃあれだけど、みんな海賊みたいでしたよ。その頃はまだ、アシスタントも俺も若かったから。食うわ食うわ、飲むわ飲むわ。出前にしても一番高いのから選んでいくわで(笑)。飲み食いだけじゃなくて漫画作りに関しても、デビューから間もない頃なんて、もう怖いもの知らずで。まぁそれは、俺も含めての話なんですけどね。
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—— 青山さん自身は、稼げるようになって変化はありましたか? たとえば、対談で島本さんも聞いてましたけど、車好きの漫画家さんが高級車をついに買っちゃうといった感覚とか?
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青山 ないない(笑)。サンデーのアンケートでも「いまほしいものは?」とか、たまに聞かれるんだけど、本当になくて困っちゃうんです。スタッフのこともあるから引っ越したけど、いまでも最初に描いてた四畳半一間とかが仕事場でも俺は全然いいもん。俺は漫画さえ描けていれば、それでいいなぁ。
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—— 青山さん、もう一回言っていいですか?
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青山 なになに?
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—— 兄貴、かっこいいっす!
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青山 そうかなぁ。漫画家なんて、ふつうそうでしょ?
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—— いや、ふつうではないと思いますが話を戻して。『コナン』のはじまりについてでした。
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青山 たしかに、編集部からオファーをもらった当初は、全然やる気がありませんでした。でも、しばらくして、子供の頃からホームズなどの探偵ものが好きだったということを思い出したんです。で、描けるなと。描いてみたいと。ほら俺、そういう気持ちのとっかかりがないと漫画が描けないから。逆に言うと、自分の描きたい探偵を描くというのは決めていたし、その結果として人気はでないと思っていました。コミックスで長くて3巻、短ければ1巻で終わると。いちおうね、『YAIBA』を描いてて、アクションシーンは得意かもなと感じていたんです。それが、『コナン』なんてセリフばっかりでしょ? アクションという武器を封印しちゃっていいの? とは思いました。まぁ、結局は、コナンくんがサッカーボールを蹴ったり、蘭の格闘シーンとかで使ってるけど、それは編集部の狙いというより、俺が描きたくて描いてるだけだから。
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—— 青山さんが描きたかった探偵像がどのようなものだったのかが気になりました。
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青山 いとことで言えば、犯人を殺さずに、ちゃんと捕まえて罪を償わせる探偵。
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—— なるほど。唯一の例外が「ピアノソナタ『月光』殺人事件」です。
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青山 そうそう。あれだけ。あのエピソードだけは、意図的に例外を描きたかったんです。あの犯人の浅井成美先生は、いまでもファンレターをもらうことが多くて、読者の印象にも残ってるみたいで、よしよしと(笑)。その例外はあるにせよ、基本的にコナンくんは、必ず犯人を捕まえる俺の理想の探偵です。あとね、いま話ながら思い出したんだけど、ちょうどコナンを描き始めた頃だったかな。よし、がんばろうと思ったきっかけがありました。
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—— 気になるそのきっかけとは?
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青山 フジテレビで『古畑任三郎』が始まったことです。すげぇおもしろかった。「ミステリー」とくくった時に、申し訳ないけど、それまでの日本のミステリーでおもしろいと思えるものが少なかったけど、あれはめちゃくちゃおもしろいと感じたんです。『コナン』のほうがちょっとだけ早く始まっていたから、「古畑に負けたくねぇ!」というのはすごく感じていて。それこそ、勝手にライバル視して(笑)。
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—— 『古畑任三郎』の脚本家である三谷幸喜さんも日芸出身ですね。
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青山 そうなんです。余談だけど、三谷さんが手がけた大河ドラマの『真田丸』も、おもしろかったなぁ。あれはもう、やばいぐらいおもしろかった。最終回で、ふつうにしんみり終わらせてもいいのに、幸村が長年仕えた忍者の佐助に「いくつになった?」と聞いて「55でございます」と答えるシーンなんて、爆笑しましたから。しかも、コメディ要素だけじゃなくて人間をちゃんと描くというか、秀吉の描写も素晴らしいし、その親方様のためにってがんばる幸村たちの描き方もすごかったし。三谷さんはドラマからギャグからなにからなにまですごいです。あえて言うと、ラブコメは苦手なのかなぁと想像したけど、それでも、ほかがおもしろすぎて気にならなかった。
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—— 余談ついでに、青山剛昌の「ラブコメ論」を教えてください。
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青山 論っていうほど、偉そうなものではないけど、ラブコメとラブギャグは違うぞ、というのは思っています。たとえば、女の子が男の子とぶつかって、こけて、パンチラしてしまったと。男の子が偶然それを見てそまう。で、女の子が「なに見てんのよ?」とパンっと叩くのがラブギャグ。でも、「いま見た?」って女の子が聞いて「ううん。見てない」と男の子が答えて、さらに女の子が「ウソ……ホントは見たでしょ?」とジト目になるのがラブコメ。そういう意味では、80年代のドラマの『男女7人夏物語』と『男女7人秋物語』は、もうラブコメのお手本のような作品だと思う。
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—— 主演したさんまさんの「もう遅いねや」は、その当時の流行語にもなりました。
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青山 そそそ。流行ったよね。男女7人シリーズでいうと、女優の大竹しのぶさんの役作りで驚かされたことがあるのを覚えています。最初ね、視聴者は大竹しのぶを「いけすかない女」って思うんですよ。ところが、ドラマの回を重ねるごとにかわいくなっていくんですよ。その秘密って、実は、大竹さんがメイクを工夫していたんですって。最初は嫌な感じに見えるようにメイクして、徐々にメイクをかわいくしていって。それは、生身の人間が演じることのすごみだと思いました。漫画だったら、最初からかわいく描いちゃいますから。
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—— 最近のドラマで気になった作品はありますか?
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青山 『逃げ恥』(『逃げる恥だが役に立つ』)やアニメの『君の名は。』なんて、ラブコメくくりの大傑作だと思います。『君の名は。』は担当編集者たちと一緒に見に行ったんだけど、俺が作ったわけでもないのに、あの作品の素晴らしさについてものすげぇ解説してたもん。って、ぐらい好き(笑)。
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—— 漫画に絞ると青山さんが影響を受けたラブコメとは?
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青山 それはもちろん、このジャンルの神様みたいな人である、あだち充先生ですよ。たとえば『タッチ』のこんな感じの描写がザ・ラブコメだと思うんです。南ちゃんの日記を達也が見たのではないかという事件がある。最終的に南ちゃんが屋上に達也を呼ぶ出す。南ちゃんが「あの日記に書いてあることは本当よ。昔からタッちゃんのことが好きだったの」と言う。うろたえる達也を見て「そっか。そっか。見てないんだ」と言って笑顔で去る南ちゃん。もうね、絶妙だと思いました。この回では南ちゃんの気持ちが、どっちなのかわからない、でも読者は気になって仕方がないという絶妙さ。天才だと思いました。俺が言うまでもなく当たり前の称号なんだけどね(笑)。
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—— 『名探偵コナン』は、「殺人ラブコメミステリー」とも評されます。なぜ、同作がここまで多くの人に支持されるのかその理由を想像すると、「ラブコメ」と「ミステリー」という人気の要素が盛り込まれているのも大きいのではないでしょうか?
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青山 わかんない(笑)。
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—— もう少しだけねばらせてください。
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青山 ふふふ。
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—— 連載開始時のコミックス3巻で終わるかもと感じていた時期はともかく、いまもまったくわからない?
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青山 たしかに、ラブコメとミステリーのふたつの要素があるのは大きいし、世界で一番有名な探偵(シャーロック・ホームズ)の要素を作品に盛り込んだというのもあるとは思うんです。コナンくんなんて、その作者の名前だしね。だから、もし若い世代の漫画家が探偵ものを描こうとしても、コナンのせいで(笑)、シャーロック・ホームズが使いづらいですよね? でもなぁ。本当によくわからないです。
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—— では、「売れたい」ならば?
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青山 ないです。ごめん(笑)。
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—— なぜ謝るんですか?
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青山 いや、なんか偉そうな言い方だなぁと思って。でも、その手の質問は、本当に困っちゃうんですよ。たまに、若手漫画家とかに「どうすれば売れるんですか?」と聞かれることがあるんだけど、俺自身は本当にそんなことを考えたことがないから、答えようがなくて。
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—— 少しわかった気がします。現実としてアシスタントの給料を払いたいとかの「食える」は考えたことがあるけど、「売れる」という野心のようなものは抱いたことがないのでは?
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青山 そうそうそうそう。いや、そうでもないな。正直に言うと、『YAIBA』の頃は「売れたい」も少しだけありましたよ。
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—— こちらが関西人だったら「あったんかい!」とツッコむところです。
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青山 だって、ゲーム化してほしかったから(笑)。魔剣にいろんな玉を入れるとそれぞれの力が出せるという設定って、まるでゲームだから。ゲーム化だけじゃなくて、アニメ化もしてほしくて、アクション、アクション、またアクションってやってみたのに全然ダメだった。だから、「売れる」というのに近い夢が実現するのなんて、もうその夢をあきらめた頃だったんです。ましてや、『コナン』なんて、「こんな会話ばっかりの作品、アニメ化されるわけねえ。主人公が動かねぇし」と思っていたのにすぐにアニメ化されちゃうしで(笑)。つまり、全然狙ってなかったんです。
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—— あぁ、だから「売れる」「売れない」の境界線がわからない?
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青山 そうそうそう。だから、よくわからないというのが本音だけど、描きたいものを描くというのが一番大切だと思う。読者ってすごいから、「このへんやっときゃ、ウケるんでしょ?」みたいな作り手側の作為なんて、一発で見抜きますからね。
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—— 答えにくい質問をありがとうございました。では、はじまりについての流れでいうと、『まじっく快斗』はどのような発想だったのですか?
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青山 俺、コナン・ドイルも好きでしたけど、モーリス・ルブランもすっごい好きだったんで、泥棒ものを描きたいなと。
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—— モーリス・ルブランはアルセーヌ・ルパンシリーズの作者として有名です。
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青山 うん。でもね。聞いた話だと、原書はすげぇ短編で、日本の翻訳家さんが付け足したらしいんです。それも、すげぇ付け足したっていう(笑)。その付け足しのおかげで、めちゃめちゃおもしろくなったらしくて。……いま思い出した余談をしてもいいですか?
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—— もちろんです。
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青山 そう言えばね、以前にフランスからインタビュアーがわざわざ来てくれてインタビューを受けたんですよ。「モーリス・ルブランがすっごい好きで、『まじっく快斗』を描いたんですよ」って言ったら、「モーリス・ルブラン? あれは、子供の読み本ですよ」みたいなことを言われちゃって。「え? そうなの?」と、すげえ驚いたのをいま思い出しました。だから、日本の翻訳家さんがすげぇがんばった説は、本当な気がする。「奇巌城」とか「813の謎」とか、おもしろいし、かっこいいから。
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—— さらっと話が展開していきましたけど、海外からも取材者が訪れるんですね?
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青山 いや、でも、そのフランスの人ぐらいですよ。あ、中国からも来てくれたかもしれない(笑)。あとはまぁ、海外のイベントに参加した時に、シンガポールとかアメリカでは取材されたことがあるけど。それでね、フランスから来たその人は『YAIBA』に夢中で、その取材だったんですよ。だから、モーリス・ルブランが子供向きだって言われた時は、「あなたが取材に来てる『YAIBA』のほうがよっぽど子供向きだぞ!」と思ったけどね(笑)。それでまた、実はその時の裏話があるんですけど……あ、さすがに話がそれすぎ?
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—— いえいえ、そういうインタビューですから。
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青山 フランスでは、『YAIBA』がまだ完結していないタイミングで、ヤマタノオロチ編かなにかだったんだけど、日本では『コナン』が始まっていたんですよ。フランスのインタビュアーが、『YAIBA』って「このあとどうなるの?」と聞いてきたんだけど、「いや、もう終わりました」と言ったら、ものすごくビックリしちゃって。まるでこの世の終わりみたいな顔をするから、この人おもしろいと思って、『コナン』のコミックスの1巻だったかな? コナンくんがホームズの格好をしている絵を見せて「いま描いているのはこれです」って喜んでもらおうと思ったんです。そしたら、全然リアクションが薄くて「ふん、なにそれ?コナン・ドイル?」みたいな。フランスの人だからか、イギリスのホームズがあんまり好きじゃないみたいで。それがもう、おかしくておかしくて。
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—— では、フランスにも大ファンがいる『YAIBA』のはじまり方をいま一度お願いします。
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青山 『おれは鉄兵』が好きだったから。剣道ものをとにかくやりたかったんです。探偵ものも描きたかったけど、『YAIBA』よりも前に『探偵ジョージのミニミニ大作戦』っていう、探偵ものっぽいやつを描いてましたから。で、始まったんだけど、さっきも話したように、なまじ自分が剣道をやってたから変なストッパーがかかっちゃうんです。
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—— アシスタントさんが「竹刀の先についてるキャップみたいなのを外すと竹刀がばらばらになるでしょ? その状態で突けばいいじゃん」と提案しても「いや、それ、反則だから」とか?
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青山 そうです。それで、これ以上やってもおもしろくならないなぁと思って、じゃあ魔剣ものにしようと。で、鬼丸が本当に鬼になっちゃった(笑)。
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—— 短編群のなかで、とくに思い出深い作品はありますか?
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青山 みんな思い出深いですよ。『夏のサンタクロース』はけっこう時間がかかったけど評判がよくてうれしかったし、映画の『椿三十郎』が好きで、あの作品に影響を受けて描いた『プレイ イット アゲイン』も思い出深いし。うん。全部が懐かしいです。
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—— 『椿三十郎』といえば、打ち合わせの時に青山さんが絶賛していたので、この間はじめて見たんですけど、めちゃくちゃおもしろかったです。古い映画というだけで敬遠していたんですけど、一分の隙もない超エンタメ作品でした。
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青山 よかったでしょ? びっくりでしょ? そうなんですよ。昔の映画って、みんなちょっとなぁってなるんだけど、『椿三十郎』だけは、いつ見てもいい感じなんですよ。笑いもあってしんみりするところもあって、いいセリフもある。物語のなかではなにもできない奥方が「あなたは、なんだかギラギラしすぎてますね。抜き身みたいに。あなたは鞘のない刀みたいな人。よく斬れます。でも、本当にいい刀は鞘に入っているものですよ」と椿三十郎にばしっと言ったりね。かっこいい。同じ黒澤明監督の『七人の侍』もおもしろいんだけど、ちょっと長いんです。もし、黒澤明が生きてて、いまの時代のスピード感みたいなものを感じていたら、たぶんいろいろとカットしていると思う。「3時間は長ぇか?」って(笑)。
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—— 青山さんのそういうところがすごいです。黒澤明といえば世界的な巨匠なのに、いまふうの言葉で言うと、さくっとディスりましたよね?
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青山 ディスってない、ディスってない(笑)。いやだって、本当に長いもん、『七人の侍』は。
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—— でも、巨匠だからどうのとか世間の評価が高いからという、肩書き的価値観は信じていないですよね?
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青山 あぁ、それはそうかもしれない。だって、一番大切なのは作品がおもしろいかどうかだから。もちろん、世間で流行っているというのは重要です。なにかを見たり知ったりするというきっかけにはなるから、世間の評判で映画を選んだりはするけど。
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—— ではでは、『まじっく快斗』のはじまりについても教えてください。
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青山 挫折の質問の流れで、マガジンの編集者に「絵柄を変えなきゃマガジンでは無理だよ」と言ってもらえた話をしたでしょ? 実はその人に「いま君が一番描きたいもの描いてみてよ」とも言ってもらえたんですよ。その時に、そうかそうだよなって真剣に考えたら「だったら、快斗の話かなぁ」と思ったんです。それよりも前に『まじっく快斗』の原形になっている『さりげなくルパン』という短編を描いていたんですけど、あのお話は、アシスタントも気に入っていて。それで、『まじっく快斗』のはじまりの話なんですけど、ある時、『今度、快斗くんの連載が決まったよ』と伝えたら、アシスタントが一斉に『おぉ~! 始まるんだ!』と盛り上がってくれて。だから、この話もしちゃっていいのかわからないですけど、俺が心の底から一番描きたい漫画は『まじっく快斗』なんです。……って、これはやっぱり言わないほうがいいのかな? いやでも、実はファンの人はみんな知っていると思うんですけどね、意外に。
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—— なるほど。そんな経緯から記念すべき連載デビュー作が生まれて、いまだに続いていると。
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青山 続いていますね。終わんないですね。『まじっく快斗』は、俺が死ぬまで終わんないんじゃないかな。『コナン』は終わるかもしれないけど、これは終わんないかもしれない。……実はですね、『まじっく快斗』は、初期エピソードが解決したら快斗と青子が探偵事務所を開くという展開を考えていたんですよ。でも、そのあとに『コナン』を始めて、もうね、すでにいろんな事件をやっちゃってるからその展開案はもう無理なんですけど。
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—— 『名探偵コナン』誕生前の時期のエピソードとはいえ、なぜ、『まじっく快斗』が一番描きたかったのでしょう?
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青山 やっぱりアルセーヌ・ルパンが好きだからです。『ルパン三世』よりも先にアルセーヌ・ルパンが好きだったから。なんだったけかな? そうだ。一回ね、小学館の謝恩会という編集者や漫画家や関係者が集まるパーティで、「サインください」って言われて「いいですよ」と答えたらガーッとすごい列になっちゃったことがあるんです。その行列のなかに『(美少女戦士)セーラームーン』の作者である武内(直子)さんが並んでて、「快斗を描いてください」「快斗がタキシード仮面のモデルなんですよ」と言ってもらえたことがあったなぁ。その時期は快斗がいまほど有名ではなかったから、うれしかったのを思い出しました。
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—— 快斗が『名探偵コナン』に登場する展開も当初から想定していたのですか?
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青山 いや、決めてなかったですね。実はですね、コナンくんにライバルキャラを出したいなぁと思った時があって、江戸川乱歩の明智小五郎に対する怪人二十面相みたいなやつがいいなぁと模索してたら、「あ、俺、前に描いてたわ」と思い出して(笑)。当時の編集長に「怪盗キッド、出していい?」と聞いたら「絶対におもしろくなるならいいですよ」って。もうね、小躍りですよ。「いいって言ったよね?」って、アシスタントとも盛り上がって、一気にわーって描いて。
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—— なるほど。それにしても青山さんって、漫画のことになるとすごく楽しそうに話しますよね。
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青山 うん。あと、今日のインタビューは話がそれてもいいのが楽しいね。
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—— 実際の漫画制作ではどうですか? 一番楽しい瞬間というのは?
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青山 アクションシーンを描いている時かなぁ。さっき言ったみたいに、編集部から頼まれたわけでもないのに、俺が描きたくて描いているから。
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—— では、「〇〇でなければ漫画じゃない」。この○○になにか言葉を埋めるとしたら?
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青山 なんだろ。逆なんじゃないですかね。ひとつの言葉でしばれないから、漫画はおもしろい。たとえば、「夢」という言葉をその○○に入れたとして、「夢がなければ漫画じゃない」って、ある意味では成立しているけど、でも、夢が一切なくてもおもしろい漫画って存在しているでしょ? いろいろある。その豊かさが漫画の魅力のひとつかもしれない。しかも、日本の漫画はジャンル全体としてすごいですから。海外の人も『コナン』を好きでいてくれるけど、その感覚ってアメコミファンが世界中にいるとは、全然違う深度があると思うんですよ。行間を読んでくれるファンの豊かさは、絶対に日本の漫画とその読者のほうがすごい。だからもし、漫画家の団体戦で世界大会があったら、日本はまぁ負けないと思う。うん。いま、ちゃんと想像してみたけど、負けない負けない。それぐらい日本の漫画はすごいです。
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—— では、さきほどの楽しい瞬間の逆で、漫画を描いていて孤独を感じる瞬間とは?
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青山 孤独? 俺、ひとりが好きだからなぁ。みんなとの作業が終わってアシスタントが帰ると、すげぇほっとするもん(笑)。それで、そのひとりの時間にネームを描くんです。もちろん、ずっとひとりだと寂しいけど、そういうタイミングでみんなが来るから、またほっとして。だから、孤独は好きなタイプだと思う。(明石家)さんまちゃんも言ってたしね。「俺、ひとりが好きやねん」って。
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—— あ、さんまさんとは面識があるんですね?
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青山 ううん。まったくない。
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—— 本当に関西人でなくてよかったです。そうだったらのツッコミは、「ないんかい!」でした。
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青山 ふふふ。勝手に俺が好きなだけ。『男女7人夏物語』の頃から好きだったけど、『明石家サンタ』ってあるでしょ? クリスマスにやっているバラエティ番組。ある年に、さんまちゃんが30分ぐらいがーって無駄話をして「あ、もう30分や。コナンくんなら事件解決してるで」と言ってくれた時に、一緒に見てたアシスタントと「やったー!」ってガッツポーズしましたもん。「がんばろう!」って。あれは、相当うれしかった思い出ですね。
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—— では、質問の角度を変えて。取材者として、各ジャンルのスーパースターにしか聞いてこなかったのですが、その質問に対してサザンオールスターズの桑田佳祐さんは「17歳の自分の感性をいまだに信じていること」と答え、ダウンタウンの松本人志さんは「サービス精神」と答えました。
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青山 なになに? その質問自体はなんだったの?
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—— 「他者との比較ではなく、自分のなかにある才能で一番信じられるものはなにか?」です。
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青山 あぁ、だったら俺は、「ラブコメ」と答えたいです。
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—— ラブコメですか? ミステリーではなく?
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青山 ラブコメ。あだち先生にはかなうわけもないけど、ラブコメです。コナンのミステリーは、事件やトリックを編集者と一緒に考えていて共同作業の部分もあるし、ミステリーも苦手ではないけど、やっぱり、ラブコメですね。
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—— ラブコメの才能を一番信じているって、サザンの桑田さんの「17歳の感性」と似ているようで、実は微妙に違いますよね。恋愛観はものすごく時代に左右される。ということは、常に時代と寄り添っていないと遅れてしまう恐怖心のようなものはありませんか?
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青山 その怖さは常にあります。もう、しょっちゅう考えている。だから、新しいものを取り入れようと思うし、『逃げ恥』や『君の名は。』を見て、自分が「おもしろい!」と感じて、それが世の中の多くの人に人気があると、ちょっと安心するというか。自分の作品目線でも、「俺の描くラブコメで、本当にいいんですか?」と、みんなに聞きたくなる瞬間もあるし。ただ、ラブコメではないけど、トレンドと言う意味では、ここにもギリギリがあるような気もします。
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—— その場合のギリギリとは?
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青山 まず、言葉。流行りすぎている言葉を『コナン』で使うのは、危険ということ。「ガン黒」とかね。次にファッション。帝丹高校の女子のソックスをね、ルーズソックスにしようかどうか迷った時期があるんだけど、そうしなくて本当によかったと思う。一方で、蘭のスカートは時代にあわせて、コミックスの1巻といまとでは長さが全然違うんです。トレンドと普遍性のバランスは、本当にギリギリがあって、そこはとても難しい。ただね、原作漫画の毛利小五郎の電話は、黒電話のダイヤル式と決めているんです。これはもう絶対あれしかない。一生変えない。
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—— 変えない理由がなにかあるんですか?
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青山 なんとなく。
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—— 流れ上、いちおう言っておきますね。「ないんかい!」。
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青山 ふふふ。まぁ、松田優作主演のドラマ『探偵物語』が好きで、劇中に登場する電話がそれだったからっていうきっかけはあるんだけどね。
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—— 「あるんかい!」。いや、違うな。「どっちやねん!」。
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青山 あったあった。『探偵物語』の影響です。そういえば……全然関係ない話をしてもいい?
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—— もちろんです。この企画は雑談という名のインタビューですから。
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青山 あのですね、『探偵物語』の主人公を松田優作が演じているんですけど、劇中の名前が工藤俊作というんです。で、この間、ある書物を読んでいたら、工藤俊作と同姓同名の艦長がいたらしいんです。駆逐艦の艦長なんですけど、日本がまだ勝っている頃に、海戦で戦果をあげて「残存勢力を殲滅せよ」といった指令を受けると。ちょうどそんなタイミングに敵の潜水艦がぷかぁっと浮いてきたんですって。つまり、まだ生きている敵兵がいっぱいいるわけです。指令は殲滅せよ、ですよね? ところが工藤艦長は、「スクリューを止めろ。彼らを巻き込んで死なせてはならない」と部下に命じて、第一砲塔の担当だけを残して全員に敵兵の救助にあたれって言ったらしいんです。結果、すでに200人以上がいた船に400人ほどを乗せて、「君たちは我々と戦った勇敢な兵士だ。そしていまや我が国の大切なゲストだ」と、食事も与えて病院船までちゃんと連れて行ったんですって。「うお、もうひとりの工藤俊作もめちゃくちゃかっこいいな!」……って、最近思ったんですよね。全然関係ないけど(笑)。
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—— そもそも、青山さんは、自分が大人という自覚はありますか?
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青山 ないなぁ。子供っぽいと思う。
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—— その前提として、青山剛昌流・大人の定義とは?
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青山 お酒が飲める。タバコが吸える。
 +
 
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—— え? 基準が法律ですか?
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青山 ふふふ。あとはなんだろう?『仮面ライダー』と『ウルトラマン』を夢中になって見なくなった時、それが大人。まあ、大人になってもマニアな人は『仮面ライダー』も『ウルトラマン』も大好きだけど、ふつうの子供は卒業すると思いますから。
 +
 
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—— なるほど。ちなみに、青山さんはそのふたつは?
 +
 
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青山 いつの頃からか、見なくなったね。あ、ってことは、俺、大人だ!
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—— 大人ですね! あれ? 大人なんですかね?
 +
 
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青山 いや、でもダメだと思います。いわゆる一般的な価値観でいえば、全然大人じゃないと思う。
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—— 失礼ながら、今回のインタビューを通してそう感じました。でも、そこが青山さんの魅力のひとつだとも。そうでなければ、いまだに少年誌のどまんなかで連載ができていないんじゃないかと。
 +
 
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青山 そうかなぁ。そうだとうれしいけど、たしかに、少年の心みたいなものを忘れちゃうと、少年漫画は描けないとは思う。描いても、嘘くさくなってしまうから。あとね、これも余談になっちゃうかもしれないけど、少年漫画の一線で活躍している漫画家の得意・不得意みたいなことは考えたことがあります。
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—— 青山剛昌の「少年漫画ヒットの法則」ですね。ぜひ、教えてください。
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青山 だから、そんなに偉そうなもんじゃないけど(笑)。まず、少年漫画で人気の三大要素に「ラブコメ」「冒険」「友情」というのがあると思ったんですね。
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—— ミステリーは?
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青山 ミステリーは少年漫画では「冒険」に含まれるとしましょう。で、3つを備えている人はたぶんいないんですよ。留美子先生は「ラブコメ」と「冒険」が得意。あだち先生は「ラブコメ」と「友情」が得意。『ワンピース』の尾田(栄一郎)くんは、「冒険」と「友情」が得意。で、ここからは想像だけど、留美子先生は、「友情」が苦手で、あだち先生は「冒険」が苦手、尾田くんは「ラブコメ」が苦手だと思うんですよ。もちろん、みなさん、漫画界のスーパースターだから苦手といってもその辺の人たちよりはずっとすごいはずなんだけど、少なくとも得意分野よりは苦手。
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—— 逆に言えば、ふたつの要素で超越していればスーパースターになれると?
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青山 そうそう。3つ揃っている人なんて、偉大な先人を含めてもいないかもしれない。
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—— 気になるのは、青山さん自身の分析です。
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青山 俺は留美子先生と同じ「ラブコメ」と「冒険」が得意かもしれない。「友情」は苦手。
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—— え? 平次とコナンの関係性など、苦手という感じはしないですが?
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青山 そう言ってもらえるとうれしいけど、「友情」がスーパー得意な人ほどは描けていないんです。たとえば、あだち先生の『タッチ』での達也と孝太郎の友情なんて、ものすごくいいでしょ? ぐっとくる。ああいうのは俺には描けない。
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—— お聞きして思ったのは、弱点を俯瞰できていることのすごみでした。漫画の神様・手塚治虫氏も、ちばてつや氏の『あしたのジョー』を引き合いに出して、「キャラクターで引っ張る漫画は描けない」から、自分はストーリーで漫画を描くと自己分析されていたそうです。
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青山 なるほど。でも、俺が一番好きな手塚さんの漫画って『ブラック・ジャック』なんだけど、あの作品は、主人公のキャラクターでちゃんと引っ張ってると思うな。あと、いまその話を聞いて思ったのは、やっぱり俺は、手塚さんいわくのちばてつや系譜の漫画が大好きなんだなということ。たしかに、ちば先生の漫画って全部が主人公ありきですもんね。『おれは鉄兵』だって鉄兵ありきだし、それを子供の頃から読んできて大好きだった俺は、コナンが必ず絡んでくるでしょう。あ、時々、新一だけど(笑)。
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—— では、「哀愁」というキーワードならばどうでしょう?
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青山 哀愁? 切ないなぁとかの哀愁?
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—— 個人的に青山作品が好きなのは、読後感に切なさがあるというか、「哀愁」があるのも大きいと感じています。
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青山 哀愁かぁ。そのキーワードで自分の漫画を考えたことはなかったけど、自分の好きなものには、哀愁があるなぁといま思いました。映画では黒澤明の『用心棒』なんて、めちゃくちゃ切ないし、好きだったアニメの『銀河鉄道999』や『無敵超人ザンボット3』も哀愁があった。『無敵超人ザンボット3』なんて、タイトル通りに主要な登場人物が3人いるのに、最後は主人公のひとりだけが生き残るっていう切なさだったし、『タイガーマスク』もそうだし。
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—— 若い読者は知らないかもですが、『タイガーマスク』はエンディング曲までもが哀愁感満載でした。
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青山 そうなんだよね。たしかに、いまの若い世代は知らないと思うけど、『タイガーマスク』って、覆面レスラーなんです。でも、ちびっこハウスの孤児たちを見守っているんだけど、覆面を脱いで遊びに行くと、「キザ兄ちゃん」なんて言われてからかわれてしまう。海に行っても「泳げないから一緒に入れない」なんて言うんだけど、本当は、子供たちのために覆面レスラーとして稼いでいるから身体中が傷だらけで、それを子供たちに見せられないから海に入れないんですよ。うわ、切ない! いま、思い出しても切なくなってきた。うん。「哀愁」というキーワードにも、たしかに影響を受けているかもしれないです。でも、そのキーワードにひとつ足すとしたら、「ハッピーエンド」にはこだわりがあるかもしれない。
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—— どういうことでしょう?
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青山 これは自慢話みたいになってしまうかもしれないけど、『君の名は。』の新海(誠)さんが、僕は以前から大好きだったんですね。『秒速5センチメートル』の第1話なんて本当に大好きなんですけど、新海さんの作品のラストって悲しかったでしょ。いまのインタビューの流れで言うと切なくて哀愁がある。だから、新海さんがもし、ハッピーエンドを作ったら絶対にもっと売れるのにと、当時の担当編集に口をすっぱくして言ってたんですよ。「この人、もったいねぇなぁ」って。ところが『君の名は。』って、ハッピーエンドでしょ? めちゃくちゃ売れたでしょ? ほら見ろ! と。いや、これは『君の名は。』が売れる前になにかしらのオフィシャルなインタビューで言いたかった。すみません、自慢話みたいに聞こえたら(笑)。
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—— 青山さんのその感覚って、日芸時代からそうだったんですか? 芸術系の大学だと、仲間はもっとカルトよりの「わかるやつだけわかればいい」といった映画などが好きそうな気もしますが?
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青山 あぁ、いたなぁ、そういう人も。
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—— 当時でいえば、単館系の映画館で上映されていたジム・ジャームッシュ監督作品とか?
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青山 誰それ?(汗)
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—— いや、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』とかのモノクロ映画がカルト的な人気で。
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青山 なにそれ?(大汗)
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—— あ、もうこの話は大丈夫です。とにかく、青山さんはエンターテインメント作品が好きだったと。
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青山 そうそう。俺は、大学生の時も黒澤明の超絶エンターテインメント作品とかが好きだったし、いまでもエンタメでかつハッピーエンドなものが好きですね。あんまりこういうことを言うと、『コナン』のラストを深読みしそうな読者が現れそうだけど(笑)。
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—— いえ、そもそもなにを持ってハッピーエンドとするのかが深いテーマだと思います。
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青山 そうそうそう。それも、人によるしね。もしかしたら、哀愁とハッピーエンドの関係って、苦手なセリフのところで話した「くさい」と「くさすぎる」と同じで、ギリギリを模索するのが難しいし、やりがいなのかもしれないです。
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—— この30年間で、そのギリギリを模索した絶妙感がベストなご自身の作品を1作だけを選べと言われたら、どれになりますか?
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青山 (即答して)「×××××」。
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—— 即答でした。担当編集者との事前打ち合わせでは、青山さんが悩まれるのでは? との意見が多かったのですが、即決でしたね。
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青山 これはもう、「×××××」しかない。あれって、2015年に入院した時に描いたんですよ。入院して、今後はもう漫画が描けなくなるかもしれないと感じたから、これだけは絶対に描きたいって。
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—— いまの青山さんの答えは伏字にしておきますので、気になった読者のみなさまはP193からの「30年分の1話」企画をチェックしてみてください。では、30年を振り返って、漫画になにかを捧げている感覚はありますか?
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青山 えっとね、若さ?
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—— 捧げましたか?
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青山 若さは捧げたかなぁ、『コナン』に(笑)。
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—— 『名探偵コナン』だけでも連載23年です。
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青山 そうなんだよ! モンキー・パンチ先生が「ルパン三世に言いたいことは?」という質問で「俺の若さを返せ!」っておっしゃってたけど、あのお気持ちが、すごいよくわかるもん。ただ、最近はね、年齢を重ねての変化もおもしろいなぁとも思ってるんです。納豆の話をしていいですか?
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—— 納豆? この流れで納豆?
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青山 鳥取って、納豆を食わないんですよ。でも、NHKの連続テレビ小説なんかだと、ネバネバ状態でごはんにかけておいしそうに食べてるから、「うまそうだな。どんな味なんだろう?」って想像するじゃないですか。それで、東京に来て食べたら、腐ってんじゃんと思って。めっちゃ腐ってんじゃんと思って。だから嫌いだったんだけど、最近テレビの情報バラエティ番組かなにかで、ひきわり納豆と細切り豚肉をあわせて炒めて食べるとおいしいと言っていたんですよ。それで試してみたら、これがまぁやたらとうまくて。そうこうしているうちに、納豆が大好きになって。最近大好きなんです。味覚って変わるのかなぁと思ったけど、まあ、体にもいいしね。
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—— お体には本当に気をつけてください。ラスト2問は、まじめな質問です。まずは、もし漫画家になれていなかったら、どんな人生を送っていたと思いますか?
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青山 アニメと漫画の好きな、漫画のうまい美術の先生。
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—— そんな漫画のうまい美術の先生は、プロの漫画家に対して愛憎入り混じった感情を抱くんですかね?
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青山 わかんない。だって、なってないから。
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—— 青山さん、身も蓋もないとはこのことです。
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青山 そっか。ただ、逆に思ったのは、俺って夢を叶えているんだなぁということでした。漫画家になれて、アニメ化もされて、それが子供の頃から大好きな映画のでっかいスクリーンでも自分のキャラクターたちが動いてくれて。それは本当にありがたいことだなぁと思いました。
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—— では最後に。青山剛昌が考える漫画家としてのプロフェッショナルとは?
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青山 え~。ないなぁ。
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—— ないってことはなくないですか? 画業30周年ですよ?
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青山 自分をプロフェッショナルだなんて思ってないしなぁ。……ただ、どこかで、学園祭がずっと続いているような感覚はあります。
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—— 学園祭感覚とは、どういうことでしょう?
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青山 なんていうのかな。俺は漫画のはじまりが漫研の後輩や同級生を誘ってスタートしているでしょ? 投稿作の頃なんて、もろに学園祭の延長線上で、ひたすら楽しかったんです。海賊ノリでね。そりゃあ、一時期は『コナン』をやめようと思っていたぐらいですから、漫画を生みだすのは大変だし、ストレスを感じることもあるけど、でも基本は、いまでも学園祭がずっと続いているようで楽しいんですよ。あとは、やっぱり、ファンのみんなの存在が大きいです。いまでもね、ファンレターを読む瞬間が、俺にとって、なにものにも代え難い至福の時間だから。シンプルに「この回のここがよかったです」という言葉だけでもニヤニヤが止まらなくて励まされる。時には「もうそろそろ、『コナン』の連載は終わったほうがいいと思います」なんて辛辣なお便りをいただくこともあるんだけどね(笑)。でも、そういう意見も含めて、すべてのファンレターがありがたいんです。……って、最後の最後の「プロフェッショナルってなんぞや?」という質問でこういうことを答える俺って、くさすぎますかね?​​​​
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译:赤木ダブル
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Some Translation info
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Info by 頭脳明晰天真爛漫; English translation by Jiamin
 
Info by 頭脳明晰天真爛漫; English translation by Jiamin

Revision as of 04:28, 10 June 2023


Contents

1994

Newtype Magazine Interview

Date: September 1994
Published in: Issue of the magazine "Newtype"


1997

Detective Conan's Mystery Museum Interview

Date: June 10, 1997


Detective Conan's Mystery Academy Interview

Date: September 10, 1997


1999

Gosho Aoyama's favorite movies of the 90's and before

Date: Shonen Sunday, #21 1999

2003

Complete Color Works Interview Aoyama x Takayama

Date: May 1, 2003

Conan Drill Official Book Interview

Date: May 1, 2003
Published in: Conan Drill Official Book


2004

Love Conan Interview

Date: March 31, 2014

Conan Vs Kaitou Kid Perfect Edition

Date: April 2, 2004
Published in: Detective Conan vs. Kaitou Kid Perfect Edition pg 169


2005

Unknown Fan Gathering

Note: In a later interview (Gosho Aoyama Interview about the Boss 2017), Gosho denied ever saying this and his editor too said that such an interview never happened. This turned out to be a hoax.


2006

Anime 10 Year Anniversary Interview #1

Date: January 6, 2006
Published in: NTV's website

Asahi Newspaper Interview

Date: January 13, 2006
Published in: Asahi Evening Newspaper
Key Plot Point: Boss's name has already appeared.

Comic-Salon Erlangen, Germany Interview

Date: June 17, 2006
Held at: Press conference at Comic-Salon in Erlangen, Germany

Anime 10 Year Anniversary Interview #2

Date: ?? ,2006
Published in: Yomiuri Television (YTV) website

10 Year Cinema Guide interview

Date: ??, 2006
Published in: ??

Mini Documentary: Secret of Creation

Date: December, 2006


2007

Magic Kaito Volume 4 Interview

Date: March 15, 2007
Published in: Magic Kaito Volume 4

Urusei Yatsura Interview

Date: September 18, 2007
Published in: Urusei Yatsura Volume 21

Akigoro Interview

Date: ??, 2007
Published in: ??


2008

Conan and Kindaichi Files Interview #1

Date: April 10, 2008
Published in: Detective Conan & Kindaichi Case files #1

Otona Fami Interview #1

Date: April 21, 2008
Published in: Otona Fami(Adult Family), June issue


2009

Shonen Sunday Interview #1

Date: March 27, 2009
Published in: Weekly Shonen Sunday #17
no script available

Shonen Sunday 50th Anniversary Interview

Date: July 15, 2009
Published in: Shonen Sunday 1983 (A special issue commemorating Sunday's 50 years of publishing.)

Conan and Lupin Interview #1

Date: ??, 2009
Published in: ??


2010

Gundam Ace Interview

Date: January 26, 2010
Published in: Gundam Ace March issue

Otona Fami Interview #2

Date: April 20, 2010
Published in: Otona Fami (Adult Family), June issue

Masters Of Manga Interview

Date: July 6, 2010
Published in: Masters of Manga


2011

Otona Fami Interview #3

Date: April 20, 2011
Published in: Otona Fami (Adult Family), June issue

Mystery Magazine Interview

Date: April 25, 2011
Published in: Mystery Magazine, June issue

Nihon Uiversity College of Art Lecture Interview

Date: 26 June, 2011

Club Sunday Interview

Date: October 28, 2011

Magic Kaitou Treasured Editions: Playback Episode Interviews

Published in: Magic Kaitou Treasured Editions released throughout 2011


2012

Monthly BLT Interview

Date April 24, 2012
Published in: Monthly BLT, June issue

Sankei News Interview

Date: June 23, 2012

Gosho's True Intentions Interview

Date: November, 2012


2013

Movie 17 Interview with Aoyama Gosho and Shibasaki Kou

Date: April, 2013

Otona Fami Interview #4

Date: June 2013

Shonen Sunday Special Booklet

Date: July 17, 2013

Shonen Sunday Lupin Vs Conan Secret Report

Date: November 20, 2013

Lupin the Third VS Detective Conan: Money Punch and Aoyama Gosho Interivew

Date: December 04, 2013

Monkey Punch and Gosho Aoyama Special Talk

Date: ???, 2013
Published in: Official website of "Lupin the Third VS Detective Conan The Movie"


2014

Monthly Conan Newspaper 2014

Date: March, 2014 (Part 1) and April, 2014 (Part 2)
Published in: Monthly Conan Newspaper, March and April edition

AnimeAnime Interview

Date: (before) April 18, 2014

Da Vinci Interviews

Date: May, 2014
Published in: da Vinci magazine, May issue

Detective Conan Character Visual Book Interviews

Date: September, 2014

Otona Fami Interview #5

Date: November 20, 2013
Published in: Otona Fami (Adult Family), January issue of 2014


2016

Gosho Aoyama X Yomuri Giants' Hayato Sakamoto

Date: March 16, 2016
Published in: Shonen Sunday #16

CimemaToday Movie 20 interview

Date: April 14, 2016

Animedia Interview

Date: May 10, 2016
Published in: Animedia, June issue

Asahi Newspaper Interview

Date: July 16, 2016

Gosho Singapore visit Interview

Date: November 12-13, 2016
Held at: Singapore Writers Festival, Singapore

Akai and Amuro Secret Files Voice Actors Interview

Date: November 29, 2016

20th Anniversary DVD collection guidebook interviews

Complete Color Works Interview

20 Year Cinema Guide interviews



2017

Movie 21 Guidebook Interviews

Date: April 12, 2017
Published in: Movie 21 Guidebook

News Zero Interview

Date: Mid April, 2017

Heiji and Kazuha Secret Archives Interviews

Date: May 9, 2017
Published in:

Gosho NHK Interview

Date: June, 2017
Published in:

Magic Kaito Vol 5 Playback Episode

Date: July 18, 2017
Published in:

Gosho Aoyama 30 Years Anniversary Book

Date: October 16, 2017
Raw Images

Raw Text
Source: https://www.sbsub.com/posts/aoyama-30years/

Some Translation info

Interview with Detective Conan Producer Michihiko Suwa

Date: November 11, 2017

Gosho Aoyama Interview about the Boss

Date: November 30, 2017
Published in: Shonen Sunday Webry



2018

Shinichi and Ran Secret Archives VA interviews

Date: January 16, 2018

Movie 22 Guidebook Interview

Date: March 31, 2018

Interview on News Zero

Date: April 11, 2018

Takarakuzu College Interview

Date: April 15, 2018
Held at: Takarakuza College

"Truth in Zero" Booklet

Date: April 24, 2018

Amuro Toru/Bourbon/Furuya Rei Secret Archives PLUS

Date: May 7, 2018

Special Conan Movie Staff interview

Date: May 23, 2018
Published in: Shonen Sunday Super

Da Vinci Magazine 2018 interview

Date: December 6, 2018
Published in: Da Vinci Magazine, January 2019 issue


2019

Nagasaki Newspaper New Years short interview

Date: January 1, 2019

Ai Haibara Secret Archives Interview

Date: January 18, 2019

Kappei Yamaguchi M23 interview

Date: April 2, 2019

Aoyama Gosho x Mitsuru Adachi Interview

The interview was split into 3 parts and published in 3 magazines.
Date: April 3, April 11, April 12, 2019

Da Vinci Magazine Cross Talk and Interviews

Date: April 5, 2019

NTV Interview

Date: Filmed March 13, Aired April 6, 2019

Cinema Guide 2019 Interview

Date: April 10, 2019

CUT Magazine Interviews

Date: April 19, 2019

Gosho Interview on 1周回って知らない話 (Tv Show)

Date: April 24, 2019

Anime Style Magazine Interview

Date: April 30th, 2019

Animedia Movie staff and character Interviews June issue

Date: May 10th, 2019

2020

Da Vinci Magazine 2020 Interview

Date: May 7, 2020
Published in: Da Vinci magazine, June 2020 issue

"This mystery is amazing!" Interview

Date:
Published in:

2021

ZIP Interview

Date: Aired on March 25, 2021

Da Vinci Magazine 2021 Interview

Date: April 6, 2021
Published in: Da Vinci Magazine, May 2021 issue

Movie 24 Production Staff Interview Collection

Date: April 22, 2021
Published in: https://www.kitkat-nelfei.com/2021/04/detective-conan-movie-scarlet-bullet.html

Shuichi, Masumi, Shukichi, and Mary Secret Archieves Interview

Date: May 18, 2021

Kappei Yamaguchi Volume 100 Interview

Date: October 13, 2021
Published in: Weekly Shonen Sunday issue 46/2021

Wakana Yamazaki Volume 100 Interview

Date: October 20, 2021
Published in: Weekly Shonen Sunday issue 47/2021

Megumi Hayashibara Volume 100 Interview

Date: October 25, 2021
Published in: Weekly Shonen Sunday S issue 12/2021

Minami Takayama Volume 100 Interview

Date: October 27, 2021
Published in: Weekly Shonen Sunday issue 48/2021

[世界はまんがで出来ている]Tokyo FM Volume 100 Special Interview - Featuring Detective Conan's Editor-In Charge, Gosho Aoyama, Arai Takahiro, and Kanba Mayuko

Date: October 23, 2021 and October 30, 2021

2022

Gosho Aoyama x Eiichiro Oda OVER 100 Miracle Talk

Date: July 25, 2022 & July 27, 2022
Published in: Weekly Shonen Jump issue 34/2022 & Weekly Shonen Sunday issue 35/2022

See Also

References